少年の日々3

伯母には三人の娘がいて、長女は遠くの土地から来た仕立ての腕のいい男性と見合い結婚した。ほとんど面識のなかった二人は、同じ洋服屋の二階に部屋を建て増して両親と同居していた。長女は夫についてよく苦情を漏らしていたが、両親の仕立ての仕事を手伝い、二人の息子をもうけて大きな波乱もなく過ごした。次女は明るい性格で高校に通ってから、仕事に出た。少年の家に来ると笑いで場を和ませた。末娘は勉強が好きで常に本を読んでいた。高校に行き、銀行員となった。その後長女夫婦が店の後を継いだが、後に両親が亡くなるとわずかな遺産のために裁判沙汰になり、三人の関係が途絶えた。後に伯母は次第に老いて腰の怪我をしてから歩けなくなると、養護施設に入り、やがて更に悪化し病院に入院となった。しばらくして叔父も痴呆症になり入院し、二人とも間を置かずに次々と亡くなった。 少年は稀にしか会えなかったとはいえ、人間があっという間に衰えなくなるのを見て少年は信じられない気がした。また次女もその後突然交通事故で亡くなった。

 

少年にはまた鉄道に勤める叔父がいて、時々その叔父の住む隣の県に泊まりがけで遊びに行った。そこには少年と同じくらいの歳の女の子と三、四歳歳若い弟がいた。女の子はピアノを何時間も練習し、弟の方は、いつも少年の後をついて来た。一緒に風呂に入ったり、子供たちだけで二階で寝たりして、一人だった少年はつかの間の兄弟関係を楽しんだ。 叔母は若い時しばらく小学校の教師をしていたということだった。当時としてはかなりのインテリであり、写経をしたり、絵を書いたりしていた。叔父は隣の県から一日おきに少年の家の近くの駅にやってきて、土曜日になると少年の家に来ては毎回異なるプラモデルを買ってきてくれ、少年はそれを夢中で作ったものだった。 叔父夫婦と子供二人はまた、夏になると少年の家にも泊まりがけできて、何日か過ごした。彼らが帰る段になると少年は大きな空虚感を感じた。叔父と同居していた義父も鉄道か何かに勤めていたが、とうに退職して、家に妻と住んでいた。このおばあさんは家にいてほとんど一日中同じ座布団に座り、いつもたばこを燻らしていた。彼女の座る頭上の天井部分はタバコの煙で煤けていた。おじいさんはまめで、トイレの扉に糸とおもりで自動的に閉まるような仕掛けを作ったり、家のあちこちの修繕をしていた。おじいさんが亡くなってから、この家族は後になっておばあさんと一緒に少年の家の近くに越して来たが、おばあさんは相変わらず、座布団に座りたばこを吹かしていた。

 

彼女の夫である叔父は退職して直ぐは、高齢者向けの大学のような所で妻と一緒に色々と学んだり、旅行をしたりしていた。やがて都会にいた息子夫婦を呼び寄せて、一緒に住み始めた。しかし、連れ合いが入院してからは、出費が重なり、息子も経済的に行き詰まっていたらしい。息子は以前デパートの食堂に勤めていたが、労働組合を通じて、やくざと関わりを持った。その後子供のいる大学出の中国人の女性と結婚し、更に子供を持ったが、これまでのあまり良くない人間とのつきあいも未だ続いていたらしく、次第に身を持ち崩し、浮気や博打を繰り返し、最終的に離婚した。彼の母は精神的に不安定になり入院し、何度かの病気の手術を繰り返し、子供たちの顔も忘れて、家に帰ることもなく亡くなった。彼女は次第に人が変わったようになり攻撃的になった。次第に悪化する妻の精神状態に叔父は次第に生きる意思を失って行き、介護施設に入った。少年がそこを父親と訪れると、生気のない顔で現れた。施設ではほとんどの人が誰とも話さず食事をしていて、少年は不吉な思いをした。叔父は、息子に唆されたのか、少年の父親に昔の遺産分割の話を持ち出し、金を要求したりした。父親はある程度の金を渡したが、間もなく叔父は失意の内に亡くなった。 叔父の長女は大学を出て、就職し、その後かなり年上の銀行員と結婚した。彼女は弟とも関わらなくなり、少年とも顔を合わせることもなくなった。

 

近所には少年の祖父の実家である瓦屋がある。少年が小学校に通っていた頃、祖父の兄とその妻がそこの二つの大きな窯で瓦を焼いていた。祖父の兄は暑い日にはよく上半身裸で働いていて陽に焼けた体は黒光りをしていた。妻の方は手ぬぐいで頬被りをして陽に焼けないように全身白ずくめで汗を拭っていた。少年の祖父は少年を連れてよく瓦屋に行ってお茶をごちそうになった。夏には窯から出た瓦は地面に何百枚も並べられ、一面に独特のにおいを放ちながら、青空の下で銀色の光を眩しく放った。その周辺は昔ながらの田舎で、ほとんどの家には、家の正面に広い野菜畑が拡がり、裏庭には何本かの高い木々でできた小さな防風林がある。家々が点在する中を細い道が曲線状に通っている。通行人が滅多に通らない道の真ん中には草が生え、夏には蛙やミミズが這い出した。少年が夕方や土曜日の昼頃に道を通ると、高い垣根で囲われて中が見えない家々からは焼けた魚や味噌汁の匂いがしてきた。また帰宅途中で気温が上がると、地平線に僅かに見えた入道雲が大急ぎで駆け上がるように空半分を覆い隠し、黒い雲と一緒に雨と共に少年を追いかけてきた。少年は恐ろしくなってたんぼ道を急いで駆けた。激しい夕立が降り、少年は雨に追いつかれ、雷鳴の中激しい雨であたりが真っ白になった。

 

雨に濡れて帰っても土曜日はそれほど気にならなかった。というのも少年は叔父が来るのを知っていたからだ。叔父はいつも土曜日の仕事帰りににやってきた。少年が帰るとよく父と叔父は一緒に、小さな洋間の大きな窓から激しく落ちる雨だれを眺めていた。時々雷がもの凄い音で電柱の変圧器に落ちた。やがて夕立が過ぎると叔父が買ってきた土産を急いで開けるのだった。窓の外を見れば、夕焼け空が一面に拡がり、真っ赤な巨大な手のひらのような雲が空一面に広がり、少年はその手に捕まれそうな気がしてまた怖い思いをした。

 

少年の日々 4